2008年04月30日

新日大阪を見ての雑感

久しぶりに観戦したプロレスは釈然としなかった。まぁ満足感がないというのだろうか。当方としてはセミのIWGPタッグの続編が妙に気になっているのだが、各スポーツ紙、公式とも詳しい記事が出ていないのとその後の展開が全く伝わってこない。

プロレス記事に経済効果がないのか、各スポーツ紙は武藤のIWGP奪取は扱うものの大阪大会に関する記事は他に見当たらない。それほど武藤の王座奪取にインパクトがあったのかもしれないが、それより下の世代にそれを越えるものを出してもらわないとプロレスに先はないのではないだろうか。そりゃセミは飯塚のGBH合流という外から見れば小粒なものなので仕方ないが・・・

第三世代がもう一つ上がりきれないのは、ここ一番での強さに欠ける点かもしれない。当方には所謂外敵と呼ばれる相手との試合で星を落とす事が少なくない印象がある。長州、藤波にしろ三銃士にしろここ一番で勝ってきたという実績がある。新日本内部での実績でいえば、旧世代に劣らない実績が第三世代にはある。橋本にしろ武藤にしろここ一番ではファンの期待を裏切らない試合をするという信頼感があった。残念なことに中邑までもがその期待を裏切ってしまった形になったのも不満といえば不満かもしれない。

光があるとするならば、棚橋にはそういうものがある。勝たずとも負けないという信頼感がなんとなくではあるが。はやり背負うとか守るというのは実績があってこそだ。新日本を背負うとか守るとか大きな口を叩いて跳ね返されてきたのがここ数年の新日本ではなかったか。ある意味、新日本と全日本は互いに絶対絡まないことで互いの最強神話を形成してきたような気がする。対決しないのだからどっちが強いかなんてのは妄想でしかない。大きな勢力がぶつかる時にはどちらかが飲み込まれるまでやるしかない。

だから団体対抗戦は熱がある。ゼロワンにしろ全日本にしろ、新日本は触る以上は飲み込む気概を持たないといけないというのが当方の持論である。新日本はそうやって今まで攻めながらプロレスの牙城を守り抜いてきたのだと思う。全日本は門を堅く閉ざして守りを固める事でプロレスを高めてきた。その二大勢力が絡まないことこそがプロレスが市場を確保出来たのだと思う。


今やファンが見たいと望めばたいがいのことは実現する。客の望むものを提供することは当たり前のことだが、見たくても見られないものがあってもいい。それこそがプロレスが持っていた夢ではないだろうか。見られないからこそ、やれどっちが強いだのという楽しい話にもなるだろう。ボーダーを引く事はプロレスを面白くするというのは真理であるようでならない。一線を引いていられるほど甘くないのがプロレス界の今日なのかもしれないが。


今更になってプロレスが強いだの弱いだの、そんな事は問題ではなくなっている。中邑は「一番凄いのはプロレスなんだよ!」って言ってますが、そういう言葉自体に意味は無い。その言葉を吐いたとき、ファンが熱くなれる状況作りが先だと思う。言葉先行ではファンはついてこない。不言実行その次に有言実行であってもらいたい。お題目は大きくても中身が伴っていないのだから仕方ない。凄いところを見せた上で大きな事を言うことのインパクトが必要だ。それにはファンの想像の上をいかなくてはならないが。


大阪を見て、プロレスの復活はまだまだ遠い道のりだと感じました。あの日の武藤の出した雰囲気は間違いなくプロレス黄金期の片鱗を見ましたが、あの威光の前では他の選手が霞んで見える。それではダメだぞ新日本プロレス。ああいう雰囲気は一朝一夕に出せるものではないのだから、立ち向かう側はただ勝つことで自分を高めていくしかないんだよ。スターは負けてもビクともしないんだから。プロレスでは負けてもカリスマが薄れる事なんてないんだから。新日本に求められてるのは勝つことなんじゃないかな?って。新日本が勝ち続けないとプロレス復興は果たせない。そこまで言っちゃうよ俺は。


それにしても観戦レポートは酔っ払ってたからなんか箇条書きに覚えてること書いただけになってるな。毎度の事だけども。

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