2008年03月23日
そろそろ新入社員が入ってくる時期になりました
道徳の時間って小学生時代は結構好きだった気がする。どんな事をしたのかってのはよく覚えてないが、今は道徳の時間がないらしいというのを聞いた。今日の出来事だが、小学校3~4年生かな?それくらいの子供が立ち入り禁止の立て札を越えて補修されたばかりの補修部をいじくりまわしていたのを見た。親は何をしてんだと。
いや、親に期待しても無駄なのかもしれない。親に道徳心がないのだから親が子に道徳を教えることすらままなっていないのだろう。親も見てたのか見てなかったのか知らないが子供がチョロチョロしてても無関心。最近は親が怒っても子供は萎縮するどころか平然としているという光景を頻繁に見かけるようになった。親に威厳がなくなった証左でもある。当方が子供の頃は親ってのは怒らせると怖いものだと思ってたが、最近はそうでもないらしい。可愛がるのと甘やかす事の区別も大人が出来なくなってきているのだろう。
子供が子供を育てているようなものだから致し方ない。家庭に道徳教育が望めない以上、教育現場でやるしかない。子供は純粋だから学校現場での教育さえしっかりしていれば社会性を身につける事は難しくはないと思うのだが。学校でも変態教師がいたりしてアレかもしれないが、アホを量産するよりはマシである。個性を大事にする教育は大事な事かもしれないが、個性なんぞ自然と滲み出るもので大事にするというのがよくわからない。
でまぁ、4月が目前に迫ってきてそろそろ新入社員が現場にやってくる頃になった。今年の新人の傾向として甘ちゃんであるという予測がどっかのネットニュースに出ていた。バブル期並の売り手市場だから仕方ないが、会社組織というのはそうそう変わるものでなく、彼らが望む大手企業であれば尚の事だと思う。天狗になればぶっ叩かれ気に入らないからと退職するが、第二新卒市場もあるからと次の会社に行っても同じ事の繰り返し。挙句には新卒で入った会社からは比べ物にならない待遇で働くというスパイラルに陥る人が多くなる気がする。
いつの時代もそんな奴はいるものだが、そんな人が多くなればなるほど下らない企業が増えるような気がする。自分に合った職業なんてのはそうそう直感的にわかるものではない。自分に合っているというより楽な仕事を探していると言った方がいいのでないか。どんな仕事でも嫌な事はあるし、最初から自分の居場所なんてない。それは自然と固定化されたり探したり掴んだりするものだと思う。
仕事が選べる時代というのは羨ましい。当方の頃は氷河期真っ只中で選ぶどころか働くところがあるだけで満足するべきという時代だったから、今の時代の新入社員は恵まれていると思う。恵まれていることが万事良い事ばかりかと言えばそうでもない。自分を求める会社はいくらでもある。自分のいくところは他にもあると考えてる間に歳を取り相手にされないという経験をする人は多くなるのではないだろうか。
若者は毎年出てくる。第二新卒とはいえ次の年の本当の新卒が手に入れば僅かでも色のついた奴はいらないとなるのではないだろうか。まぁ新卒が武器になるのほんの僅かな時間だけだろう。今年の新卒もその特権に与れるのは実際のところ転職するなら数ヶ月だけだ。数ヶ月で辞める奴はどこへ行っても数ヶ月経てば嫌になって辞めるの繰り返しをすることだろう。やっぱ石の上にも三年とはよく言ったものだ。三年くらいは一つの事を続けてみるべきである。短期で転職を繰り返せば繰り返すほど良い事はない。ロクに経験もない奴を好待遇で迎える企業はどこを探してもない。
転職を繰り返せば繰り返すほど辞める事への抵抗感も踏ん切りも容易になる。辞めるほど嫌なわけでもないのに少しストレスを感じたからと辞意を示すようになったら人生負け組みへの道を驀進となる。自分はこんなもんじゃないというのは多くの場合が買い被りである。自分の価値は自分が思っているほど高くはない。それをよくよく自覚しつつ天職を見出してもらいたい。以上若さを武器に転職を繰り返した当方から今年の新社会人へ送る言葉でした。転職は決して悪いことばかりではないが、この国ではまだまだ勤続年数が厚待遇への近道だと最近よく思う。
- by サイト管理者
- at 01:53
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