2008年01月11日
新日本プロレスを考えてみた
今年も始まりました。新日本プロレスの東京ドームは全盛期から比べれば寂しいものですが、収益面等々を見ても成功という社長の総括もありとりあえずはめでたし。ドームを一杯にするってのは・・・相当世間にアピールするものがなければ難しいんじゃないでしょうかね。
永田はやはり天下を取り損ねた男を返上する事は出来なかったし、そもそもあのカード自体がIWGP統一戦へのかませ犬的な感じがしないでもなかったわけで。永田が負けてどうなる試合でもなかったし、難しいねぇ・・・第三世代のカードは。正直言って客を呼べるカードが作れないというか柱になりそうなカードが作れないんではないのかと。
別に第三世代と呼ばれる世代が実力的に劣っているわけでも、悪いわけでもないんだけど。まぁ悲運の世代ってとこだろうか。年齢的にもそろそろ下り坂の第三世代はもう終ったんじゃないのかと。プロレスは思い出。過去に熱くなった記憶があってこそだと考えるので、第三世代にプロレス的な可能性を既に感じないんだよなぁ。
もっと早く、永田と中西を競わせてスターに育てる施策を取るべきだったのにそれが出来なかった会社の責任も多少はあるけど、やっぱ本人たちの感性の問題なのかね。長州は昔「商品価値は会社が作るものでもあるけど、最後は自分で作らないと仕方ない」って言ったことあるけど、第三世代はその感性に欠けてたんじゃないかな。誰かバッと突破口を作る選手が不在だったというか。ノアの秋山が新日本にいたらあの世代は全然違ったんだろうな。良い悪いというより記憶に残らないんだよねぇ
記憶に残らないという意味では三銃士からその傾向は見られたんだ。まぁ筋金入りの長州フリークとしての見方だから偏ってはいるし、趣味の問題かもしれない。三銃士の試合で当方の記憶に残ってるのは東京ドームのIWGP戦だった橋本vs高田戦とUインター対抗戦初戦の武藤vs高田戦くらいかな。やっぱダントツで橋本の試合が記憶に残るんだ。蝶野と武藤の試合はスマート過ぎたというか・・・まぁスタイル自体好みではなかったのかもしれない。
やっぱり外敵に対して鉄壁の強さを見せるのが新日本プロレスだというのが人気の下支えをしてたんだと思う。喧嘩を売られたら誰であろうと買う。その上で絶対負けない。それが新日本プロレスだと。それが平成になってガタガタ崩れた。橋本が小川に敗れ、藤田が新日本の選手を寄せ付けない。総合に出ても強さを見せられない。外敵との試合の一敗は何勝しても打ち消せるものではない。たった一度の負けが致命的なダメージを与える。
そして今。棚橋と中邑というスターを擁して反撃に出つつある。この二人を競わせるのは良い事だ。誰が強いかよりどっちが強いかの方が分かりやすい。その意味では柴田が抜けたことはある意味ではプラスに作用すると見ている。その他の同世代選手たちをシングル路線で押し出さないという、今の新日本の方針は正しいと見ている。中邑vs棚橋。このカードをいかに使うかが今後の新日本の明暗を決める。もうその他の戦いはあくまで付け合せでしかない。選手が自分で自己主張することを妨害することはないが、会社はあくまでもその方針を貫き通せるかに新日本の行く末が託されているのではないだろうか。
- by サイト管理者
- at 02:09
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